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さて、和歌浦に向かうぱいんですが、実はこれも最初からの計画ではなくて、
初詣に向かう車の中、母がふと言ったのです。
「そういえば、和歌浦に古い石の橋があるって、
 この間、ラジオで言ってたでぇ!」
と。
で、和歌浦なら紀三井寺からすぐ近くなので、
行ってみようということになったのです〜(^。^)

不 老 橋

1850年に完成したアーチ型の石橋。
徳川家康を祀る
東照宮(日光の東照宮ではありませんよ〜^^ゞ ここからもうちょっと行った所にある東照宮です!)の祭礼である和歌祭のときに、徳川家や東照宮関係の人々が東照宮御旅所に向かうために通行した「お成り道(おなりみち)」に架けられたそうです。
橋台のアーチ部分は肥後熊本の石工集団が施工し、匂欄(こうらん)部分には、雲を文様化したレリーフが見られます。(写真では分かりませんよね〜^^;)
ちなみに、
江戸時代のアーチ型石橋は、九州地方以外ではとても珍しいそうですよ!(^^)

そうですよね〜〜〜(^o^)丿
和歌山といえば、御三家で有名ですもの!
でも、ここ和歌山にも東照宮のあること、
恥ずかしながら、ぱいんは知りませんでした〜(^^ゞ

エラそうに東照宮の説明など書いておりますが、実は、この東照宮、駐車場が初詣客の車でいっぱいで入ることができなかったのです〜(>_<)

よって、この説明は帰ってきてから調べたものです。
逃した魚は大きいともいいますが、なかなか見所いっぱいのところだったようです!
東 照 宮

こちらの東照宮は,紀州藩初代藩主徳川頼宣公が元和7(1621)年に景勝の地、和歌浦を望む山麓を選んで造営させたもので,当初は徳川家康公を祀るものでしたが、後に頼宣公も併せて祀られるようになったそうです。

社殿の結構は「権現造り」または「石の間造り」といって、桃山時代の遺風をうけた江戸初期の代表的な重要文化財建造物だそうです。関西日光とも呼ばれ、漆塗り、極彩色の精巧な彫刻、狩野、土佐両派の絵による荘厳された豪華さ、左甚五郎の彫刻、朱塗り極彩色の楼門など、見所たっぷりだそうですよ!(^^)
こちらの方は、また近いうちに必ずやレポートいたしますので、今しばしお待ちくださいませ〜


山部赤人の歌碑


 若の浦に 潮満ち来れば 潟を無み
 葦辺(あしへ)をさして 鶴(たづ)鳴き渡る


和歌の浦に潮が満ちて来ると、干潟が無くなるので、葦の生える岸辺を目指して鶴が鳴き渡ってゆく。


神亀元(724)年、
聖武天皇の紀伊国行幸に同行した際に詠んだお歌だそうです。目の前に、ぱぁ〜っとパノラマが浮かぶような、とっても美しいお歌ですよね〜〜〜(^。^) が、今ぱいんの目の前のある風景とのあまりのギャップに、しばし呆然としてしまいました〜(>_<)
ここ和歌浦を一躍有名にしたのが、この山部赤人のお歌です!
赤人は、系譜については全く不明なのですが、
万葉集に、長歌13首、短歌37首が収戴されている柿本人麻呂と並び称される歌人です〜(^o^)丿

この、万葉の
「若の浦」は、平安時代に入って「和歌の浦」となり、歌枕の代表として、近世の終わりまで無数の詩人たちが詩的イメージを生んだそうでございます〜〜〜(^。^)

この赤人の歌碑からすぐ横に目を転じれば、
なんと、「玉津島神社」があるではありませんか〜〜〜!

皆さま、憶えておいででしょうか・・・?
あの紀三井寺の結縁坂での出会いにより、
めでたく紀伊国屋文左衛門と結ばれた、あのおかよさんの実家ですよぉ〜(^。^)

紀ノ川は、かつては河口を和歌の浦に大きく開き、そこに小島を6つ浮かべていたそうです。海に浮かぶ島々が玉のように美しいことから、このあたりを「玉津島」と呼ぶようになったそうですよ!

この美しい「玉津島」は、万葉集にも詠まれております〜 ちょこっと、玉津島を詠んだ万葉集をご紹介してみましょう!(^^)


このように、かつては美しかった玉津島ですが、現在は、妹背山、鏡山、奠供(てんぐ)山、雲蓋(うんがい)山、妙見山、船頭山の名で呼ばれ、
妹背山一つを海上に残してみな陸地化しています。
 玉津島 よく見ていませ あおによし
 平城(なら)なる人の 待ち問わばいかに

      (詠み人しらず)
 (玉津島のすばらしく美しいながめをよくみておきましょう。奈良でわたしの帰りを待っている人が玉津島ってどんなによい景色のところでしたか?と、きっとたずねることでしょうから)

 玉津島 見れども飽かず いかにして
 包み持ち行かむ 見ぬ人のため

     (藤原卿)
(玉津島は、いくら見ていても飽きない。これほどの美しい景色をどのようにして包んで持ち帰ったらよいのだろう。見ない人のために。)

 玉津島 見てし善けくも われは無し
 都に行きて 恋ひまく思へば

      (詠み人しらず)
(なんて美しい! 私はせっかく玉津島を見たことを後悔してしまいそう。だってこんなに美しいんだから、きっと都に戻ってもここが恋しくてたまらなくなってしまうわ。)
このように美しかった頃の和歌浦を見たかったものですね〜〜〜(^。^)

かつての玉津島の面影を残す妹背山は、不老橋のすぐそばに浮かぶ、
小さな小さな小島です!
ここにも面白い発見がありました〜〜〜♪

こちらの方は、また次回にお話したいと思います〜(^。^)
あともう一回だけ、この初詣紀行にお付き合いくださいませ〜!

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